2008年10月8日、待ちに待った日が実現しました。阪神タイガースの宮崎オーナーと三宅スカウトがトロントに来られ、トロント猛虎会に出席してくれたのです。思いもかけぬ来賓の臨席に会員一同大歓迎したのは言うまでもありません。
僕達はリーグ優勝祝賀会を計画していたのですが、連敗に告ぐ連敗で巨人に追い上げられ、遺憾ながら当日の優勝見込みがなくなり、会場のバナーを阪神タイガース歓迎会と書き換えました。その上、皮肉にもお二人が日本に帰られた翌日に巨人優勝が決まり阪神ファンには悪夢のようなシーズンでした。それでも球団首脳がトロントまで来てくれたのだから、猛虎会にとっては画期的な行事でありました。なにしろ、猛虎会は日本も含め世界に多数ありますが、オーナーじきじきに参加されたのはトロントが初めてだそうです。
球団の親会社である阪神コンテンツリンク会長の宮崎さんは、同社ロサンゼルス事務所での仕事を終え、ニューヨークにある提携先のビルボード本社を訪問されました。阪神は東京、大阪、福岡にビルボードのライブハウスを開店されており、ジャスファンには馴染のスポットになってるそうです。
ちなみに、ビルボードの前には有名なブルーノートのフランチャイズを東京と大阪に営業されていたそうです。
ピアソン空港に出迎え到着ロビーで待っていると、成田空港でレンタルされた携帯から僕の携帯に飛行機を降りて入国手続の列に並んでますと電話があり通関まで半時間ぐらいとわかりほっとしました。宮崎さんは40年前の阪神電鉄入社当時、日本でボーリングブームが起こり、電鉄会社の関連事業開発にバッファローに来たことがあるとか。その際にナイヤガラの滝を見た記憶があるが、あらためて観たいとのことで、ホテルのチェックインには早過ぎるので空港からナイヤガラに直行しました。
三宅スカウトはマサチューセッツ州のクラークカレッジ出身で英語とスペイン語を話されとか、さてはキューバ、プエルトリコ、ドミニカ、メキシコ、ベネズエラの金の卵のスカウト要員と読めた。
営業時間を少し過ぎていましたが、店を開けて待ってくれていたレストラン「滝」支配人のトモさんは熱狂的な阪神ファンで、話が尽きないばかりか料金までチャラにしてくれました。宮崎オーナーは、お礼に支配人の3人のお子さんに子供用の阪神グッズを贈呈され、トモさんは大喜び。宮崎さんはうどんランチ、三宅さんと僕は滝ランチ、それにしても、あそこのランチは安くておいしいですね。
夕方にロジャースセンター野球場内のルネッサンスホテルにチェックインされた後、トロント猛虎会マックス会長宅でリラックスしビールで乾杯。ブルージェイズの長谷川さんも合流し、ヨークビルにあるイタリア料理のBelluni'sで前夜祭的の歓談。マックスから猛虎会発足当時のエピソードを披露、発起人で当時のトロント総領事・肥塚大使と宮崎オーナーは一ヶ月前に甲子園球場で会って面識あり同じ話を両国で二度聞かされ、根強い阪神ファンが世界の隅々まで存在することに感動されました。
帰国中の大使を野球観戦に誘うのは無理だろうとマックスが申しましたが、折角の機会だから駄目元で僕が肥塚さんにメールしました。頭初は「公務員にウイークデーの観戦は難しいな」と云われたものの、「休暇が取れたから行くよ」と、大使が中学高校の頃に住んでおられた甲子園まで来られました。大使は、外務省入省以来は外国勤務ばかりで甲子園での野球観戦は1972年以来。
旅程も最終行程に入りリラックスされたのか、宮崎さんが「高校時代にトロントのペンパルから受け取った手紙に、チューインガムが同封されていました」と話されました。三宅さんが「そのガールフレンドの名前を覚えておれば・・・」とひやかし和気藹々。その回顧談に僕の想い出が甦り、高三の時に岡惚れしていた学校随一の美人同級生の話をしました。
日本に帰られた宮崎さんから「その方は映画(濡れた唇)や(愛欲の罠)等の主演女優で日本一のポルノ女王、コテコテの阪神ファン」とのメールが翌週届き、僕は絶句!